街をもっと楽しくする想像力

furumachi2013-02-09

まちづくりの仕掛人の「とにかく街に出て、歩いてみよう」という話を聴いて、早速行ってみたのは人情横丁入口の浦安橋の鉄製欄干跡。堀が埋められて以来、コンクリートの塀の奥に眠っていたのだとか。昨年掘り起こされたそうだけど、こういう歴史の遺産が意外なところに眠っているものなんだなぁ。

9日に「まちづくりの着眼点〜きっかけは足もとにある」をテーマに行われた、新潟市のまちづくり講座に参加してきた。人気番組「ブラタモリ」など、まち歩きがブームを超えて、様々な視点から街をとらえ、地域の持つ魅力を再認識する手法として定着し始めた。その着眼点はどこにあるか。そして新潟市では何が起こり始めているのか。

まちをとらえ直す動きの原点は、東京の谷中・根津・千駄木1984年に発行された地域雑誌『谷根千』にあると、法政大学デザイン工学部教授の陣内秀信氏は言う。観光地でなかったこの地域に「下町散歩ブーム」を呼んだこの雑誌、志の高さと着眼点がよかったのだろう。これといった観光地のない新潟市でもヒントになりそうだ。

「東京スリバチ学会」会長の皆川典久氏は、東京のあちこちに存在する谷や坂などの高低差に着目し、十年以上にわたりフィールドワークを続けている。僕も横浜で参加したことがあるけど、ブログで告知するだけで数十人もの参加者が集まる。今回の講座も「学会」のメンバーが県外から参加していた。何だろう、この不思議なほどの動員力。

NHKブラタモリ」チーフ・プロデューサーの尾関憲一氏の話で印象に残ったのが「考えるプロセスをしっかり見せる」ということ。すぐに謎解きをしないで、謎を解くヒントを見せながら順序立てて答えへつないでいくことを意識してきたという。説明力とでもいうのかな。これはテレビ番組に限らず、新しいことをする時は必要かもしれない。

そして、新潟市の街に眠るいろんな魅力を掘り起こしてきた「仕掛人」の野内隆裕さん。古町界隈をつなぐ小路や、砂丘の街に広がる坂と階段、下町の街並みなどに着目し、街の魅力を再発見してきた野内さんの活動のポイントは「違う視点から眺めてみること」という。

例えば東堀通りのシモのさらに先にある日和山。かつてはここから港に入る船を案内していたというが、今の日和山からは港は見えない。でもかつては信濃川の川幅が今よりずっと広く、日和山から古町側を見ると、今の湊町通りの辺りなどおそらく視界の左側半分は川だったことが想像できるというのだ。

なるほどー。「ブラタモリ」ならここでバーンとCGが始まるところだけど、それを脳内でやってしまえばいいってことか。それには昔の地図とかが頭に入っていないとできないけど、ここは想像力を働かせて街の面白さをもっと広げて感じられるようにしたい。

野内さんの脳内には、どんな次の面白いことが入っているんだろう。今日10日には、白山神社を基点に新潟駅方面を経由して沼垂の方へと向かう十数キロのまち歩きを予定しているという。テーマは、かつて新潟駅周辺を流れていた古信濃川の流れだとか。新たな想像力の世界だなぁ…。

僕は…もう少し橋の跡を探してみようかな。八十八橋とも言われたかつての古町界隈。僕の今住んでいる家の前にも橋が架かっていたらしい。浦安橋だけでなく、もっと橋の痕跡が残っていたって不思議じゃない。ちょっと暖かくなったら、いろいろ視点を変えて動いてみたい。そんなことを思ったまちづくり講座だった。